• 2024年12月22日 2:11 AM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

第30回「賀田恒夫先生」

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 賀田恒夫先生は、国立遺伝研の元変異遺伝部長で、田島彌太郎先生らと日本環境変異原学会を設立され、その三代目の学会長もされた。しかし、在職中に食道がんで59歳で亡くなられている。もう30年も前のことである。先生にはもっと長生きをしていただき、研究での面白いアイディアをいただきたかった。

賀田先生に直接ご指導を受けたのは、ほんの3か月程度であったが、先生の言動には魅了されることが多くあった。何しろ先生はアイディアが豊富であった。先生は東大の農芸化学を出て、すぐに理化学研究所に入所された。その後留学生試験に合格し、フランスのパリ大学のラジウム研究所に留学され、その後アメリカの研究所やパスツール研究者で放射線生物学を研究されたという。しかし私の知る先生は、化学変異原、中でも抗変異原物質研究の開拓者であった。

賀田先生に直接実験を教わったことがある。先生の実験は、午後に東京の出張から帰られると、まず背広のズボンの裾を靴下の中に入れることから始まる。上着は着たままである。用意されたシャーレの山に向かい、フランス仕込みの短いピペットを巧みに操り、次々と菌を接種してゆく。この間はほとんど無言で、細菌の実験に不慣れな私には理解できない操作も時々あった。また先生ご考案のレックアッセイ(Rec assay)を直伝で教わったことも貴重な思い出である。

その後、研究費のことで遺伝研を訪問した。変異遺伝部にはマウスが専門の室長(T先生)がおられたが、先生とは反りが合わなかったらしい。「マウススポットテスト」を紹介されたが、この実験にはテスター系マウスが必要であった。日本でこの系統のマウスを持っているのはT先生しかいなかった。やっとのことでT先生からマウスを譲渡され、マウスのことを懇切に教えていただいた。それからはT先生とは昵懇になり、三島でお酒もカラオケも教わった。

私のスポットテストの結果は、その後「ENUによるマウス始原生殖細胞の突然変異誘発」にまで発展した。この成果は、この分野での世界的な権威であるRussell先生にも認められた。振り返ってみると、私の研究成果は、賀田先生なくしては出来なかったことになる。研究者のつながりとは面白いものだと思う。
     緩やかな伊豆の山々初紅葉    徹   (10/30/20)