• 2024年9月17日 4:32 AM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

5.体細胞と生殖細胞

体細胞と生殖細胞
高等生物は無数の細胞から出来ており、それらは体細胞と生殖細胞とに大別されます。体細胞とはその個体を作っているほとんどの細胞群であり、成体ではさまざまな生物としての重要な機能を果たしています。生殖細胞は次世代以降の形成の寄与する特殊な細胞です。生殖細胞は長い世代にわたって代々受け継がれてゆきます。化学物質などの生物に対する毒性に関しても、その毒性は体細胞と生殖細胞との影響とを区別して理解することが大変重要なことになります。原則としては、体細胞から次世代以降の成体を作成することは出来ませんが、最近では体細胞からのiPS細胞を用いて、さまざまなエピジェネティックな操作を加えることによって、卵や精子の前駆細胞様細胞を作製することが出来るようになりました。今後は、それらの受精させることによって、特殊な方法によって、生殖細胞を作成し、個体を作る試みまで行われるような趨勢です。この研究には、日本での研究成果が大いに貢献しています。

 生殖細胞は、体細胞とは全く異なり、次世代の個体を作ることがその役割である細胞群で、メスが作り出す卵とオスが作り出す精子に大別できます。これらが受精によって合体し、たった1細胞である受精卵から新しい次世代の生命が発生してゆきます。哺乳類などでは、生殖細胞は胚体外組織から発生するという、少し変わった経路をたどって発生します。生殖細胞への経路に入った発生中期の細胞群を「始原生殖細胞」と言い、これらはエピジェネティクスの面においては大変重要な細胞となります。「始原生殖細胞」からの発生は雌雄で全く異なった過程を経て、それぞれ異なった性ホルモンの作用を受け、さらに異なった減数分裂過程をへて、それぞれが完成した卵と精子とに分化します。また、卵と精子の機能と構造は大きく異なり、卵は次世代の個体が発生するために、受精前にさまざまな物質を、すでにその細胞質に蓄えています。一方精子の役割は、その遺伝物質を次世代に伝達するだけなのです。そのために精子は、卵と受精するために運動性を持つために一本の鞭毛をもちますが、細胞質はほとんど持っていません。また受精に当たって精子のヒストンの大部分はプロタミンに置き換えられます。また精子のミトコンドリアは受精後に卵によって消滅されることが知られています。これらのことは化学物質などの毒性を評価する場合には重要です。化学物質などの毒性に関しては、体細胞と生殖細胞とを区別して理解することが大変重要なことで、そのためにさまざまな毒性試験が考案されてきました。しかし、エピジェネティクスを対象とした毒性試験は、残念ながらまだ実施されてはいません。

(1)生殖現象とエピジェネティクス
  生物の一生に関して重要なのは「食と性」といっても過言ではありません。どうして、男性や女性という異なった性が存在するのでしょうか?また配偶子形成においては、生殖細胞の形成過程で母親および父親由来の染色体の組み換えという現象も重要です。これによって、親から受け継いだ遺伝子をシャフルして、その子孫に多様性を生み出すことになります。これはおそらく、今後の世代で環境が変化しても、それに対応するべく多様な遺伝子を準備しているのだと考えられます。これがダーウィンの「進化論」の骨子であり、環境の急激な変化にも対応するために前もって準備をしているものと考えられます。すべての生物事象は進化という観点から判断されています。著名な進化遺伝学者のドブジャンスキーは「進化の考えを持たない生物学は意味を持たない」という名言を残しています。

 哺乳動物の雄雌の違いはたった一つの遺伝子によって決められています。それぞれの性の違いは、一本の性染色体、哺乳動物ではY染色体、のあるなしによって決まります。Y染色体の上にはSry (Sex determining region on Y chromosome) 遺伝子があり、その遺伝子が発生中の本来はメスである個体をオスに変えるのです。つまり哺乳動物の原型はメスなのです。聖書のアダムの骨からイブを作ったという記載は間違いなのです。Sry遺伝子という遺伝子は、何らかのタンパク質を作るためにあるのではなく、Xist (イグジストと読みます)という長いRNAを作ることがその働きです。このXistRNAが次々に段階的に異なった遺伝子に働きかけ、メスであった個体をオスに作り変えるのです。このSry遺伝子は、本来Y染色体上にあるのですが、もしそれが転座して他の染色体に存在しても、その個体もオスとなることが出来ます。しかし、Sry遺伝子が突然変異して、その機能を失いますともはやオスになることは出来なく、本来のメスとしての発生が続けられることになるのです。

 生物の次世代を生み出す生殖細胞の性を決定することは、非常に重要な出来事であるが、奇妙な事に、上に述べた始原生殖細胞の性は、生殖細胞そのものが決めるものではなく。それらが定着する生殖巣(メスなら卵巣、オスなら精巣)の性、すなわち体細胞の性によって決められる。一般に、生物個体の性が、体細胞と生殖細胞とで同一であることは望ましいことであるので、このような決定が行われてようである。この意外な事実は、始原生殖細胞の移植実験によって、確認された。それにしても、生殖細胞の性の決定は、重要な問題だと思われるが、生殖細胞自体では決えられないのである。

 性決定遺伝子として、Sry遺伝子が確定するまでには、国際的に猛烈な競争があり、生物学の巨匠であった大野 乾(すすむ)先生も誤った解釈を発表してきた。わたしの若いころには、大野先生のY染色体上のH-Y 遺伝子が性決定遺伝子だという説を発表しておられます。人の世の男と女の問題は複雑ですが、遺伝学から見ればたった一つの遺伝子が雄雌を決めており、Sry遺伝子が発現すれば、後は五月雨式に、本来はメスになるべき哺乳動物の正常の発生を、オスに変えるだけなのです。やはり男とは最初からどこかさびしい存在のように思われます。