ニワトリのCreeper 遺伝子は優性遺伝子で、ヘテロ接合体で短脚に、ホモ接合体で発生3-5日頃に致死となるもので、さまざまな研究がこれまでになされていましたが、当時はその詳しい作用機序は不明のままでした。私は進学した博士課程の研究テーマにこのCreeper遺伝子を選びました。1968年のことでした。
そこでCreeper遺伝子が導入されていた、WL-Cp系統をその研究材料としました。まず、この遺伝子の遺伝子分析によって、この遺伝子が欧米で確認されているCreeper遺伝子と同一であることを確認し、家畜解剖学研究室で急遽指導を受けたミクロトームの技術を使って、組織化学的な解析を行うために、文献を参考にしながら、さまざまな生化学的な染色を自己流で行いました(1、2)。次に、遺伝研に内地留学させていただいて、黒田行昭先生(藤尾芳久先生の大阪大学大学院での指導教官)のご指導の下、当時Moscona教授 (Chicago大学)から黒田先生が持ち帰られた、最先端の技術であった旋回細胞培養法によって、単離したニワトリ胚の軟骨細胞ついての細胞学的研究を行いました。しかしその当時の研究技術では細胞学的な記述に留まり、その当時はとても分子レベルまでは解明できませんでした(3)。
特にホモ接合体における致死の成因に関しては全く推論の段階で終わってしまいました。課程博士には終了後3年間までという提出期限があるので、これらの結果をもとに、今から考えると大胆な考察を加えた博士論文を提出しました(4)。今回の松田さんたちの論文では短脚の成因は私の推測どおり、軟骨細胞の増殖と分化バランスの破綻による骨化異常でありましたが、致死事象は当時にはまだ概念すらなかった、細胞死(アポトーシス)および遺伝子修復欠損が絡んでおり、最後は神経系の発生異常によって致死となることが分かったということです。この致死に関する機能解析の結果は全く私の予想外なものでした。生物科学分野での研究の発展は全く目覚ましいものがあることを実感させられました。現在、このあたりの記述は松田教授からの口頭伝達によるものにすぎず、詳しい内容はまだ公開できないことということです。私はまだその論文の原稿を拝見しておらず、いささか不明確な記載になることをお許しください。
ついでですが、私が遺伝研に行った年は1969年でした。集団遺伝部長の木村資生先生は、前年Natureに「進化の中立説」を発表されており、新しい進化論でこれまでのDarwinの進化論に対抗するという意気込みに燃えておられました。先生と口をきいたのは、偶然に並んで小用を足していた時に、「君は誰だ」と誰何され、名前をお答えしたことがあるきりでした。私がセミナーの当番の時に、後から講演される集団遺伝学の森嶋先生のお話を聞きに来られたのか、私の話が終わるまで廊下をうろうろされておられるのが目につきました。入って来られて私の話も聞いていただきたかったものでした。また遺伝研では、セミナーで三浦謹一郎部長(分子遺伝学)のRNAのキャップ構造の講演があった時にどよめきに近い反応がありました。これは私の知る限り遺伝研で遺伝子発現に関した最初の発表だったと思います。これに似た反応は、賀田恒夫部長(変異遺伝部)の遺伝子組み換え実験の紹介の時にも起こったことを記憶しています。
関連文献
1.T. Shibuya, Y. Fujio and K. Kondo: Studies on the action of Creeper gene in Japanese chicken. Jap J. Genetics 47: 23-32, 1972
2.Y. Fujio and T. Shibuya: Expression of lethality caused by Creeper gene in the chicken.
Jap. J. Genetics 49, 97-91, 1974
3.T. Shibuya and Y. Kuroda: Studies on growth and differentiation of cartilage cells from Creeper chick embryos in culture. Jap. J. Genetics. 48: 197-205, 1973
4.T. Shibuya: Developmental-genetic studies on Creeper chicken. Doctor Thesis, Faculty of Agriculture, Nagoya University, 1974