• 2024年10月18日 2:35 PM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

第5回「佐藤さん」

 先日の朝日新聞に面白い記事があった。日本でこれからも選択制夫婦別姓を導入しないと、500年後の2531年には日本人の姓がすべて「佐藤さん」になってしまうというもので、大いに驚いた。私は遺伝学をやってきたので、日本人の姓には大きな興味を持っている。日本では、結婚後の姓は夫の姓を名乗ることが多いので、「姓の遺伝子はY染色体上にある」と言って周囲を驚かせたこともある。姓の遺伝子が実際にY染色体にあれば、それをそのまま遺伝学の研究に使うことができるのだ。実際に姓は遺伝学で研究対象になっていて、近世における日本人の移動に、姓を使った研究などがあることは知ってはいた。

集団遺伝学では、「ハーディー・ワインベルグの法則」という有名な法則があり、メンデル集団では、その遺伝子頻度は代を重ねても変わらないとされていた。しかし実際には生物の集団では集団のサイズは有限なので、それらの遺伝子頻度は「遺伝的浮動」によって変化することになる。このことを数学を使って理論化したものが、木村資生先生による有名な「中立説」であり、進化学で大きな影響を世界に与えた。

朝日新聞の記事では、日本で最も多い名字は「佐藤」であり、人口の約1.5%を占めているという。日本でこのまま夫婦別姓を続ければ、名字の数は減ってゆき、逆に最大の「佐藤姓」は増加する。実際に昨年度に「佐藤姓」は約0.83% 増加したという。日本でこのまま夫婦別姓を認めないと、少子化の影響もあり、2446年には、「佐藤姓」は50%を超え、約500 年後の2531年にはその占有率は100%になるということである。夫婦別姓を採用すれば「佐藤姓」は8%程度にしか増加しないという。新聞記事だけでは、その理論的な根拠はよくわからないので、是非それを知りたいものである。単にこれまでの増加率だけから算出し、およそ500年後には、「佐藤」という遺伝子に固定するということだろうか?遺伝屋としては、と是非その根拠を知りたいものである。

 私は以前から名字に興味があり、変わった名字を収集したりしていた。名字の大家の吉田東伍先生は、日本人の名字を取集され、14万以上収集されたが、まだこの数字が終わりえはないと言われたそうだ。私も集め始めてみたが、ほとんどの漢字を2文字組み合わせれば、日本人の名字になりそうで、途中でやめてしまった。

 日本人の名字が多いのは、明治以来の名字をつけなければならなくなったことが多い糸は思われる。これはこれで多様性があっていいものだと思っている。しかし、これから夫婦別姓を認めないと、日本人はすべて、「佐藤さん」になってしまうと思うと少し空恐ろしい感じもする。なぜ日本では、いつまでも夫婦別姓が認められないのだのだろうか。

    町役場の婚姻届春うららら        徹