AF2という食品添加剤があったことをご存知だろうか?正式な化学名は
とても長く、「フリルフラマイド」あるいは「AF2」という略称で呼ばれていた。
もう40年も前に大きな話題を呼んだ化学物質だった。顕著な効果を持った保存
料として豆腐を始めとして、さまざまな食品の保存料として用いられてきた。
このAF2に問題を投げかけたのは、田島彌太郎先生(遺伝研)を中心とした
文部省の研究班だった。AF2に大腸菌、ヒトの培養細胞、カイコなどに非常に強い変異原性が認められたのだ。班員は多くの著明な遺伝学者たちであった。その中で近藤宗平先生(第24回に既出)は、寒天培地に置いたAF2がわずかに添加された豆腐にも、大腸菌で強力な変異原性が認められたスライドを示された。当時、変異原性を有する化学物質は、がん原性がある可能性が高いというのが通説だったので、これらの結果は世間に大きな問題を投げかけた。
AF2の問題が起きたのは、私が「食品薬品安全センター」に入所してすぐだ
だった。そのために私の担当は「生殖毒性」から「遺伝毒性」に変わり、再度、遺伝研で研修をするという機会を与えられた。センターも厚生省から、岩原先生を代表とした、「化学物質の遺伝毒性試験法の開発」に大きな研究費をいただくことになり、「遺伝学研究室」も大きな脚光を浴びることになった。
しかし、AF2のがん原性はその強い変異原性の割にはごく弱く、国立衛試で、
やっとマウスの前胃(ヒトには存在しない)にがんが発見された(これはセンターの畔上二郎さんの功績だった)。これを契機に、AF2の食品などへの使用は禁止された。この「AF2のパラドックス」は今でもよく解明されてはいない。
昨年の「日本変異原学会」で、学会の回顧としてAF2の問題が提起された。
その席で、ある著名な研究者が「AF2に安全宣言を」という発言をされ、私は大いに驚いた。「AF2のパラドックス」は、変異原性とがん原性とは決して、平衡的な関係ではなく、その間には様々な要因が介在することを示しており、この要因の解明こそが、この学会の使命だと感じた。私が多大な興味を持っている「エピジェネティクス」のことを即座に思い浮べたが、これではなさそうである。
四季の無きネズミ小屋にも年迎え 徹 (10/02/20)