• 2024年12月31日 2:17 AM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

第46回 「ENU」

 ENUとはN-Ethyl-N-nitrosourea というアルキル化剤で、動物細胞に塩基置換型の突然変異を高頻度に誘発することが知られ、W. L. Russell博士がマウス精祖細胞での誘発を確認した(1979)。当時安全センターにいた私と室田哲郎君はこの論文を読み、ENUを使った実験を開始した。必要な毛色遺伝子が劣性ホモに固定されたマススは、遺伝研の土川先生から分与していただいた。

 まず体細胞の突然変異を、マウスの妊娠メスに投与し、処理された胎仔について生後に検出できる毛色スポットテストを、ENUとアルキル鎖の長さの違った、メチル、エチル、プロピルおよびブチルニトロソ尿素で行った。結果は明瞭で、メチルでは催奇形作用が強くて、結果は得られなかったが、アルキル鎖が短いほど突然変異は強く誘発され、明らかな用量依存性も認められた。この時にオスの精巣が用量に依存して、アルキル鎖に依存して委縮していることを見つけた。

 ENUを投与した時期の生殖細胞はオス・メスともに、すべての生殖細胞の創始細胞の始原生殖細胞(PGC)の時期にあるので、この時期を対象とした特定座位試験を室田君と一緒に開始した。実はRussell先生も同様な実験を開始していたが、性決定時期(発生12-13日頃)にのみ投与したので、明瞭な結果は得られなく、小規模な実験で終わってしまったことを後になってお聞きした。

私はENUの総説をMutation Research誌から依頼され、自信がなかったので当時衛研の林先生に相談したところ、森本和滋先生を紹介され、二人で執筆することにした。森本先生は衛研では国際的な報告書の作成を担当されており、とにかく英語で何か書いておけば誰かが手伝ってくれるというのが信条だった。隔週に二人の中間地の海老名の喫茶店で会って作業を進めた。総説は開始から3年かかってMR誌に掲載され、その後150回程度引用されている。

 一連の実験を始めてから、ある企業に転出された室田さんが脳腫瘍になられたとの報告を受け、大いに動揺した。ENUはマウス胎仔に脳腫瘍を誘発することを知っていたからである。彼の病気の原因は実験に使ったENUのせいでなかったのか?彼はその後二度の手術を受けられたが、亡くなられている。
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